福岡ダイエーホークス物語

第2章 “万年Bクラス”

まだ消えないライオンズへの想い

10年ぶりのプロ野球球団。しかし、かつての地元球団、ライオンズのライバルチームだったホークスを、人々は簡単に受け入れることはできなかった。

 平和台球場で行われる「福岡ダイエーホークス対西武ライオンズ」の試合では、ホークスよりもライオンズを応援するレフトスタンドのファンの方が多かった。

 10年前に福岡の地を去ったライオンズ球団は、遠い埼玉の地で、毎年優勝争いに加わるような強いチームになっていた。ファンの心境は複雑だったに違いない。

「プロ野球はどこのファンですか?」
「ライオンズです。」
「ああ、西武ライオンズですね。」
「いえ、“ライオンズ”です。」

  往年のライオンズファンは、未だに西鉄ライオンズを忘れられなかった。だが、そんなライオンズファンも、やがて現実を知るときがやって来る。

弱いダイエー

 市民が待ち望んだ新球団、福岡ダイエーホークス。平和台球場を華麗に舞う、強い鷹を期待したかもしれない。

 だが、チームは低迷した。杉浦忠監督でスタートしたホークス1年目のシーズンは、130試合59勝64敗7分、4位。翌年、新たに田淵幸一監督が就任したが、130試合41勝85敗4分。シーズンで85敗というホークス史上最悪の数字を残し、最下位となった。そんな「弱いダイエー」がしばらく続いた。

 チームは、毎年のように下位でシーズンを終え、いつしか“万年Bクラス”と言われるようになった。新たな地元球団に想いを託した人々は、肩を落とした。

地元のプロ野球球団として

 弱いダイエー。しかし、それとは裏腹に、ファンは年々増えていった。

 かつてのライオンズファンも現実を思い知らされた。

 今、西武ライオンズを応援する子供たちは、「昔のライオンズは、福岡の西鉄ライオンズという強いチームだった」ということを知らない。この時、往年のライオンズファンは、「西鉄ライオンズ」の時代が、もう終わったことを悟ったという。博多のファンの気持ちは変わった。

 何年も寂しい思いをしてきた。自分達の必死の誘致でプロ野球球団がやってきてくれたというのに、応援しないでどうする。またあんな寂しい思いをするのは嫌だ。ダイエーを応援しよう。

 やがて人々は球場に足を運ぶようになった。往年の西鉄ファンも、少しずつ“地元球団”を応援し始めた。ダイエーがどんなに弱くとも、必死に応援を続けた。2度と、この地からプロ野球球団を手放さないために。2度と、同じ過ちを繰り返さないために。やがて人々は、何よりも“地元”の球団を愛するファンとなった。どんなに弱くとも、チームを支えたのは、そんなファンの熱い気持ちだった。

⇒次章 市民が愛した球場に別れを告げるときが来た。その時、ファンは・・・。

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