第10章 二連覇、ON対決
工藤FA
球団創設11年目で、初のリーグ優勝に輝き、初の日本一を勝ち取った福岡ダイエーホークス。球団を影から支え続けた根本陸夫氏の死はナインの心を1つにした。だが、根本氏が亡くなった時点で、球団と選手の間に大きな溝ができたのかもしれない。
ホークスが日本一を決めたすぐ後のことだった。FA権を取得した工藤が、この権利を行使した。そこには、工藤と球団側との軋轢があったという。
工藤は連覇のために必要な戦力だ。チームをはじめ、ファンすらも工藤のFAに反対した。ファンの間では反対運動が起こり、およそ5万4千もの署名が集まった。
しかし、そんな活動も空しく、結局工藤は読売ジャイアンツへと移籍することになった。
苦戦
工藤のFAによって、予想通り苦戦を強いられた。先発投手陣の柱がいないことで、前年は強大だった投手力が低下した。
さらに、守りの要となる城島がシーズン中に故障。工藤が抜けたことで、先発投手陣を引っ張っていかなくてはならない城島が戦力不能となったのは大きな痛手だった。
しかも、この年はオリンピックイヤー。シドニーオリンピック野球日本代表に抜擢(ばってき)された松中も、シーズン途中でチームを抜けることとなった。
長期間ではないものの、ケガや不振などで主力選手が立ち代り戦線離脱したことで、連覇の夢は遠のいたかのように見えた。
連覇達成
だが、「強いダイエー」はひと味違った。V2構想に欠かせない戦力が抜け落ちたその分、新しい戦力が台頭した。
思えば、1998(平成10)年オフにはその年の最多勝を獲得した武田一浩(現、プロ野球解説者)がチームを移籍。1999年には武田の穴をどう埋めるのか心配されたが、工藤を筆頭にして、永井、星野、篠原ら“2年目トリオ”の活躍でチーム初の優勝を勝ち取った。主力が抜けた分、常に新戦力が台頭した。
2000年はその投手の柱だった工藤が抜けたが、その分も、若田部ら若い戦力がカバー。田之上慶三郎(現、福岡ソフトバンクホークス2軍コンディショニング担当補佐)や吉田修司(現、プロ野球解説者)、長冨浩志(現、石川ミリオンスターズコーチ)らベテラン選手の頑張りも助けとなった。
城島不在を埋め合わせたのは、ベテラン・坊西浩嗣(現、福岡ドンタクズほか)。城島ほど華々しくはないものの、リード面だけでなく、打撃においても城島に代わる働きを見せた。
この他、中日ドラゴンズからやってきた鳥越裕介(現、福岡ソフトバンクホークス2軍内野守備走塁コーチ)や、不振にあえぐ内野守備陣の穴を埋めた本間満などが華を咲かせた。ベテラン、秋山も通算2000本安打という記録を打ち立てるなど好調。さらに、松中、小久保ら「MK砲」の 熾烈な4番争いが打線を活性化させた。
そんな2000年のホークスは、正に“全員野球”だった。負けていてもどこかで逆転し、勝利につなげる。「逆転のホークス」と言われることもあった。
「去年より嬉しい。去年は投手力で勝った年だが、今年は打撃力で勝った年」 そう語った王監督が、再び福岡ドームの宙を舞ったのは、10月7日のことだった。この日、福岡ダイエーホークスはリーグ優勝を果たし、優勝よりも10倍難しいとされる2連覇の夢を実現させた。
負けられない戦い〜ON対決
ホークスが優勝を決めた頃、長嶋茂雄監督率いる読売ジャイアンツがセリーグチャンピオンに輝いていた。多くのプロ野球ファンが待ち望んだ“ON対決”が20世紀最後の日本シリーズで実現することとなった。当然、日本全国から注目を浴びた。
10月21日に開幕した日本シリーズ初戦は、ダイエー・若田部、巨人・工藤が先発。前年ダイエーを優勝に導いた工藤が登板するという因縁の対決となった。
ダイエーは全力で工藤にぶつかった。城島や若手投手を叱咤激励してきた工藤にとっても同じ気持ちだったろう。
2回表、普通に見送ればボールともなりそうな難しいコースに入った工藤の球を城島がフルスイング。レフトスタンドへ打ち込んだ。野球人生の師匠ともいうべき工藤から、城島が先制ホームランを放った。「あんな球を打てるのは城島しかいないよ」と苦笑いする工藤の負けだった。
結局、東京ドームで2連勝したダイエーが福岡ドームに戻ってきたのは、23日。このまま連勝すれば、昨年は名古屋だった日本一の胴上げを、福岡のファンの前で実現できる。
しかし現実は甘くなかった。福岡では1勝もできず、3連敗。再び東京へ行くと、そのままジャイアンツの勢いを止めることはできなかった。2年連続日本一の夢を果たすことはできなかった。
「連覇を勝ち取ってこそ、本当の強さなんだ。」
王監督のこの言葉でシーズンに挑んだ。リーグ優勝で連覇を果たしたものの、“真の日本一”にはなることができなかった。
彼らは負けたくなかった。いや、どうしても負けてはならなかった。“真の強さ”を手に入れるためだけではなく、彼らには絶対に負けられないもう一つの大きな理由があった。
2001年へ向け、彼らは再び日本一になることを誓った。“真の強さ”を手に入れるために。そして、絶対に負けられないその“理由”のために。
⇒次章 背番号15に誓った想い。絶対に負けられないその“理由”とは…。
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