福岡ダイエーホークス物語

第12章 黄金期へ〜V3

Victory Again〜羽ばたけHAWKS〜

「来年も優勝して、必ず日本一を奪回したいと思います。皆さん、ご声援のほどよろしくお願いします。」

 その言葉を最後に聞いてから、既に3年目を迎えていた。二連覇を成し遂げたあとの福岡ダイエーホークスは、毎年優勝争いに加わるものの、あと一歩のところで優勝を逃した。

 2003年のシーズン、もうこれ以上は負けられなかった。2年逃した優勝を取り返すためにも。志半ばで去っていった仲間のためにも。

投打無敵の鷹

 2003(平成15)年のホークスは、前年までとは何かが違っていた。

 先発の斉藤和巳で開幕を迎えると、あわや完全勝利という活躍。ルーキーの和田毅、新垣渚らが期待以上の働きで先発ローテーションを支えた。2年目の寺原も危なげないながらも途中まで不敗伝説を打ち立てた。

 シーズン中、故障や不振に見舞われるものの、ローテーションの柱となる斉藤和巳は、球団初となる20勝を飾る。中継ぎ陣には、篠原貴行、岡本克道らが名乗りをあげ、4年前のV1を支えた「勝利の方程式」を蘇らせた。そこには、確かに「投手王国」の兆しを見た。

 一方、打撃陣は、足のある村松有人(現、オリックスバファローズ)、川崎宗則を1、2番に置いた。さらに3番の井口資仁(現、サンディエゴ・パドレス)は足もあれば打力もある。機動力で相手ピッチャーを翻弄ほんろうした。 オープン戦で故障した小久保裕紀に代わって4番に座った松中信彦から城島健司(現、シアトル・マリナーズ)、バルデス(現、LGツインズ)と続くクリーンナップのバットが火を噴いた。しかも、シーズン途中からやってきたズレータ(現、千葉ロッテマリーンズ)、そして柴原洋の 7番、8番が“裏クリーンナップ”的な役割を果たし、それを受けて、9番の鳥越裕介(現、福岡ソフトバンクホークス2軍内野守備走塁コーチ)も打率を上げることになった。一時は、全員が打率3割以上をマークし、「3割打線」ホークスが誕生した。

 打撃陣の恐さはこれだけではない。クリーンナップの井口、松中、城島、バルデスが揃って100打点以上を記録。日本初はもちろんのこと、アメリカ大リーグにも例を見ない「100打点カルテット」が生まれた。

 投手王国に打撃王国。正に投打無敵、史上最強の鷹だった。

完全優勝

 2003年のホークスはとにかく好調だった。そして、“その時”がやってきた。

 2003(平成15)年9月30日、千葉マリンスタジアム。

 マジックを「1」まで減らしておきながら、東京、神戸、福岡で連敗。“優勝”が目前に見えているだけに、ファンも選手も苦しかったに違いない。「もうこれ以上負けられない」として挑んだのがこの日だった。

 優勝の条件は、ダイエーが勝つか、引き分けること。また、西武ライオンズが負ければダイエーが負けたとしても、その時点でダイエーの優勝が決まる。だが、チームには「必ず勝って決める」という意思が何より強かった。

 かつて、千葉には勝ちになかなか恵まれないというジンクスがあった。地元福岡にある神社、筥崎宮の宮司を千葉に呼んで、御祓おはらいをしたこともある。さらに、優勝を目前に控えたチームに対して、ロッテは負けないとも言われていた。乗り越えなければならない壁は以外に厚かった。

 だが、投打無敵の2003年のホークスにとって、その壁を乗り越えられないわけがなかった。

 序盤から好調を取り戻したダイエー打線が火を噴くと、先発の杉内がロッテ打線を封じた。しかし、4回、一気に6点をロッテ打線に奪われる。これで6−3とロッテが逆転。手の届くところにある優勝をまた掴み損ねそうになった。

 だが、勝利の女神はダイエーに味方した。午後9時12分、オリックス対西武の試合が終了。西武ライオンズ敗戦の報せが千葉にも届いた。この瞬間、福岡ダイエーホークスの 3年ぶりの優勝が決まった。あとはこの試合に勝って、優勝に華を添えるだけ。

 西武敗戦の報せが入ったあと、鷹の最強打線が蘇った。6回、井口、松中らの連打で一気に7点を挙げ逆転。するとそこから岡本や篠原へと続く2003年式「勝利の方程式」。終盤に 4点を奪われるものの、ロッテに7点差を追い抜くことはできなかった。そして、9回裏――。

 マウンド上のピッチャーは篠原貴行。対するロッテのバッターは佐藤幸彦。9回裏、2アウト。

 篠原の投じた一球は、佐藤のバットに当たった。千葉の夜空へ高々と上がった。白球はセンター方向へ。打球は、センターの守備についている出口雄大(現、ホークスジュニアアカデミーコーチ)のミットに納まった。この瞬間、ホークスの勝利が決まり、福岡ダイエーホークス 3年ぶりのリーグ優勝に華を添えた。

2003年9月30日、V3を達成し、胴上げされる王貞治監督
2003年9月30日、V3を達成し、胴上げされる王貞治監督

 この年の勝ちは大きかった。オリックスや近鉄をはじめ、日本ハム、ロッテ、西武にも勝ち越し。5球団すべてに勝ち越しての“完全優勝”だった。誰もがホークス黄金期の到来を確信した。

伝統の一戦で学んだもの

 2003年、日本シリーズ。  この年、セパ両リーグの“もっとも地域に愛される球団”が対決する。セリーグの覇者、阪神タイガースは16年ぶりの優勝で全国的に虎フィーバーを巻き起こした。全国の虎キチに後押しされる阪神タイガースの一方で、福岡ダイエーホークスは、福岡は元より九州の地へ根付き始めていた。

「ファンのみなさんの後押しで勝つことができました。」

 フランチャイズの力は大きかった。両球団とも、勝てば必ずこんな言葉を聞くことができた。

 チームカラーもよく似ていた。ダイエーの斉藤和巳、阪神の井川慶は共にリーグで20勝。ダイエーの村松、川ア、阪神の赤星憲弘といった機動力野球という面もよく似ていた。

 そんなよく似たチームが激突すれば、名勝負が生まれるのも不思議ではなかった。数十年ぶりに第7戦まで勝負がもつれ込んだ。結局勝負を制したのはシーズン通りの戦い方ができたダイエーだったが、この名勝負の中で、選手達は改めて大切なものを見つけていた。

 福岡ドームで開幕した日本シリーズだったが、福岡で2勝するも、場所を甲子園に移すとチームは3連敗。阪神に日本一王手をかけられた。甲子園独特の声援や野次に根負けした部分もあったかもしれないが、流れは完全に阪神だった。ホークスファンに負けず劣らずのタイガースファンの声援。やはりファンの後押しはチームを活気付けていた。

 だが、甲子園ではわずかばかりだったホークスファンも、博多の街に戻れば立場は逆転する。甲子園から戻ってきたホークスナインを迎えたのはそんな地元のファンだった。多くのファンが新幹線の駅で選手らを出迎え、激励の言葉を投げかけた。

「負けてはならない。応援してくれるファンのためにも。最後まで戦い続ける。」

 この時、選手らは改めてファンの大切さを身に染みて感じたという。 ホークスが3年ぶりの日本一の栄冠を手にできたのも、こんなファンの後押しがあったからこそと言っても過言ではない。

2003年の日本シリーズを制して胴上げされる王貞治監督
2003年の日本シリーズを制して胴上げされる王貞治監督

 16年前、平和台で産声を上げた福岡ダイエーホークスは、いつしか何よりも強いチームであり、そして、何より暖かく力強いたくさんのファンの声援に支えられていた。

 ホークスは、名実共に日本一のチームへと変貌へんぼうしつつあった。

⇒次章 主砲の無償放出。ファンの間に衝撃が走った。小久保裕紀が残したもの…。

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