第16章 ありがとうダイエー
16年目の秋
福岡ダイエーホークス、16年目の秋、プレーオフ――。2004(平成16)年から導入されたプレーオフは、公式戦上位3チームがトーナメント方式でリーグ優勝を決めるというものだ。この年、レギュラーシーズン(公式戦)を1位で切り抜けたダイエーは、プレーオフ第1ステージで北海道日本ハムファイターズを敗(やぶ)った西武ライオンズと対戦。2勝2敗までもつれ込み、最終戦でも土壇場で同点に追いつくなど接戦を繰り広げた。しかし、結局西武ライオンズが勝利。目の前でライバルチームの胴上げを見届けるという屈辱を味わった。勝利を確実に掴みかけていただけに、なおさら悔しい敗北だった。
2004年、鍛えの秋。優勝目前でその機会を逃した選手らは、秋季キャンプや自主トレで思い思いの戦力アップに力を入れた。
「来季は必ずV奪回を――。」
この年、三冠王を手にした松中信彦も、奪三振王の新垣渚も、盗塁王の川崎宗則も、セーブ王・新人王の三瀬幸司も、その想いは選手全てが同じだった。初めて味わう悔しさを経て、選手らはより熱心に自身の戦力アップに磨きをかけた。
身売り決定
選手らが来季に向けて高い目標を定める中で、チームの親会社に異変が起きていた。
プレーオフが終わって間もない10月13日、 ダイエー本社が民間主導での経営再建を断念。産業再生機構に支援を要請した。これにより、球団売却が濃厚となったが、本社はしばらく「継続保有」を強調してきた。
10月18日には、ソフトバンク株式会社の社長、孫正義氏がホークス買収に名乗りを上げた。ソフトバンクは、高速インターネットサービス「Yahoo!BB」などを運営する通信大手企業。孫氏はプロ野球球団運営に興味を示し、以前より身売り話の噂のあるダイエーに水面下で交渉していたという。この買収表明を受けてもダイエーは「継続保有」をあくまで強調。球団株式の扱いについての正式発表のその日まで断言し続けた。
11月15日、ついにダイエーも球団株式の売却を正式表明。結局、ソフトバンクへ球団株式を売却の方向で話が進められた。ダイエーは、ソフトバンクへの身売りを事実上認めた。
ありがとうダイエー
市民に愛され続けてきた「福岡ダイエーホークス」は、16年目で幕を下ろす。平成の歴史と共に歩んできたこのチームは、思い返せばいろいろなことがあった。
チーム発足当初は、甚だしく弱かった。「万年Bクラス」と言われ、1996(平成8)年には脱税事件、1997(平成9)年には生卵事件、1998(平成10)年にはサイン盗疑惑と、不幸がチームを襲ったこともあったが、1999(平成11)年に初のリーグ優勝と日本一に輝くと、そこから毎年優勝争いに加わる強いチームへと成長していった。しかし、チームが強くなるのと比例するかのようにダイエー本社の経営は苦しくなっていった。
プロ野球界激動の2004年。オリックスと近鉄が球団合併となり、チーム編成が大きく変わったが、ホークスは合併ではなく身売りであるため、チーム編成はほとんど変わらない。一時はロッテとの合併の噂もあったが、最後まで単独で運営していく方針を示していたダイエーに感謝の意を示す選手やファンも多い。
ホークスは16年の間で、最もかけがえのないものを手に入れることができた。弱いホークスだったからこそ、そして、強いホークスになれたからこそ手に入れることができた、かけがえのないもの。――何よりも情熱にあふれる大勢のファン――。彼らがチームを支える力は計り知れない。
2005年、ホークスは、新たなスタートを、切る。
ありがとう、ダイエー。そして、これからもがんばれ、ホークス!
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